お前ら全員救ったらぁ!私の名前よ夜に響け〜五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方〜

やっほー☆

ええ〜っ!

私みたいな凡夫(ぼんぶ)でも救われるんですかっ!?

って、びっくりしちゃう話があるんだよ〜♡

それが阿弥陀様の48個の誓い、通称「四十八願しじゅうはちがん」ってやつ!

この誓い、なんとめっちゃ長い時間(五劫!)かけて考えられたって言うんだからヤバすぎ☆

この記事では正信偈の「五劫思惟之摂受ごこうしゆいししょうじゅ 重誓名声聞十方じゅうせいみょうしょうもんじっぽう」をとりあげて、解説するね♪

不可能をなんとかするのだ!

阿弥陀仏って、今では多くの人に信仰されてる仏様だけど、仏になる前は「法蔵菩薩」って名前の菩薩だったのね。

一つ前の記事で、法蔵菩薩がニュータイプの浄土を作りたい!って思った話をしてきたよね。

まだの人はこっちも読んでみてね♪

で、そのニュータイプの浄土は、特に「凡夫ぼんぷ」と呼ばれる、真実に気づかずに苦しんでいる普通の人たちを救うためのものだったの☆

普通の考えだと、「凡夫」って、汚れた心を持っていたり、自分勝手なことを考えたりするから、清らかな浄土には行けないはずじゃん?

めっちゃ清らかな世界だから、自分のことばっか考えてる凡夫みたいな人たちが行くのは無理ゲーなの。

でも、法蔵菩薩は

法蔵菩薩

そんな凡夫でも、どうにかして自分が作る浄土に迎え入れたい!

って強く思ってたの。

それで、どうすればその願いを実現できるかを、めっちゃ深〜く考えたんだよね。

このことが『大無量寿経』っていうお経に書かれているんだ。

ガチで長い時間考えたよ

この法蔵菩薩の「凡夫をどうやって救うか」っていう思いは、なんと「五劫ごこう」という、途方もなく長い時間をかけて深く深く考えられたの。

「劫」って、気が遠くなるくらいの長い時間を表す言葉で、この記事にも詳しく書いたよ♪

ざっくりいうと、数億年とかそんな感じのイメージ!

だから「五劫」っていうのは、その長い時間の5倍もかけて法蔵菩薩はず〜っと考え続けたってことなのよ。

考えすぎて、頭から煙でちゃうんじゃない?w

このめっちゃ深い思索のことを、親鸞聖人は

親鸞

五劫という人間の考えの及ばないような時間、考え続けてくださった
(五劫、これを思惟して)

って表現してるの。

でも、私たちがいくら一生懸命考えても、どこかに自分の欲とか都合が絡んでしまうことが多いよね。

でも、法蔵菩薩は自分のことをまったく考えず、純粋に

法蔵菩薩

どうやって苦しんでいる凡夫を救うか?

だけを考え抜いたんだよ。

この深い思いに、親鸞聖人はすごく感動したんだ。

これって俺のためじゃね?

『歎異抄』という書物の中で、親鸞聖人がこんなことを言ったと紹介されてるよ。

親鸞

弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり

って書いてるんだ。

これをギャル風にいうと、

親鸞

阿弥陀仏がめっちゃ考えてくれたのって、もしかして俺ひとりのためじゃね?!

って感動してる言葉なのね☆

阿弥陀仏の願いが自分にも向けられているって思うと、ものすごい喜びがわいてくるよね☆

MSG48(Mida no SeiGan48)

そして、法蔵菩薩は、何億年もかけて考え抜いた結果、48個の大きな誓いを立てたんだよ。

それが「四十八願」って呼ばれるもので、特にその誓いが実現した暁には、すべての人を救う浄土を作るって決意したの。

これが「摂受しょうじゅ」っていわれる、全ての人を浄土に受け入れる誓いだったんだ☆

その四十八の誓いを一つずつ、法蔵菩薩は師匠である世自在王仏に向かって宣言して、

法蔵菩薩

この願いを実現させたいよ〜、絶対に!

って誓ったの。

重誓偈

そして、その決意をさらに明確にするために、偈頌げじゅっていう詩を作って、誓いを強く表明したのね。

これが「重誓偈じゅうせいげ」って呼ばれる詩で、特に最初に書かれている3つの大切な誓いが「三誓偈さんせいげ」って呼ばれてるんだよ☆

第一の願い

まず第一の誓いは、

法蔵菩薩

もし私の願いが全部実現しなかったら、私は仏にはなりません!

って誓い。

これは法蔵菩薩がどれだけ強く決意していたかを示してるんだね。

第二の願い

次に第二の誓いは、

法蔵菩薩

悩んで苦しんでいるすべての人を救えなかったら、私は仏にはなりません!

っていう誓い。

これは、どんなに苦しんでいる人でも救いたいっていう深い思いがこもってるの。

第三の願い

最後の第三の誓いは、

法蔵菩薩

私の名声みょうしょうがどこにも伝わらないなら、私は仏にはなりません!

って誓い。

この「名声」っていうのは「名号みょうごう」ともいわれ、「南無阿弥陀仏」のことをいうのね。

だから、法蔵菩薩は「南無阿弥陀仏」って名前をすべての人に届けて、その名前を通じてみんなが苦しみから解放されて、心から生きる喜びを感じてほしいって願っていたの♡

親鸞聖人は、この第三の誓いをとっても大切にしてたんだ。

親鸞聖人の「正信偈」っていう詩の中で

親鸞

重ねて誓うらくは、名声十方に聞こえんと

って書いてて、これが四十八願全体の中心だって考えていたのかもしれないね。

南無阿弥陀仏が名号

で、「名号みょうごう」っていうのは「名前」のことなの。

だから、普通名前って聞くと、「阿弥陀仏」って4文字が名前じゃん!

と思っちゃうかもしれないけど、実はそうじゃないの!

「南無」も一緒になって「南無阿弥陀仏」の6文字が本当の名号なんだよ☆

「南無」っていうのは「信じて従います」って意味だから、「阿弥陀仏を信じて従います」っていう言葉がすごく大事なの。

でも、私たちってどうしても自分の都合とか欲が絡んじゃうから、「信じて従います」って言っても、純粋な気持ちじゃなくなっちゃうことがあるよね。

だからこそ、阿弥陀仏はそんな私たちを憐れんで、「南無阿弥陀仏」を用意して、私たちがそのまま受け取れるようにしてくれたんだよ!

親鸞聖人は、この「南無阿弥陀仏」が自分に届けられていることを深く感動して、その名号をすごく大切に受け取ったんだ。

それこそが、阿弥陀仏の大きな愛が私たちに向けられている証拠なんだよね☆

五劫思惟之摂受
重誓名声聞十方

五劫これを思惟して摂受す。
重ねて誓ふらくは、名声十方に聞えんと。